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大阪地方裁判所 平成10年(行ウ)65号 判決 1999年9月17日

原告

柳生俊雄

右訴訟代理人弁護士

笹原滋功

被告

大阪市長

磯村隆文

右訴訟代理人弁護士

馬場昭彦

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  被告が平成一〇年二月二〇日付で原告に対してした「団地番号一九〇九二新北島住宅<番地略>」についての名義変更申請却下処分は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

主文と同旨

(本案の答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の母である柳生ハマ(以下「ハマ」という。)は、昭和五三年から被告が管理する公営住宅である大阪市住之江区新北島<番地略>所在の大阪市営新北島住宅<番地略>(以下「本件住宅」という。)を賃借し、同所に居住していた。

2  原告は、約一〇年前からハマと同居し、同人の療養看護に努めていた。

3  ハマは、平成九年一二月二七日に死亡した。そこで原告は、引き続き本件住宅に居住すべく、公営住宅法二七条六項、大阪市営住宅条例(以下「住宅条例」という。)一八条に定める承認を得るため、平成一〇年二月一三日、市営住宅名義変更申請書を被告に提出した。

4  これに対し、被告は、同月二〇日付の「名義変更申請却下について」と題する書面により、右申請を却下する旨の通知(以下「本件通知」という。)をした。右却下の理由は、「大阪市営住宅条例施行規則第一三条の二の規定により、名義変更は市営住宅の入居者が死亡し、又は当該住宅を退去した場合において、同居の親族が引き続き居住しようとするときに認められる。本件申請は、上記条例にあたらず名義変更することはできない。」というものである。

5  しかしながら、本件通知の当時施行されていた大阪市営住宅条例施行規則(平成九年大阪市規則第六一号による全部改正後のもの。以下これを「新規則」といい、右改正前のものを「旧規則」という。)には、右理由中に掲げられた一三条の二という規定は存在しない。本件通知は行政処分に当たるところ、右のとおり現に存在しない規定に基づいてされたもので、重大かつ明白な瑕疵があるから無効である。

6  よって、原告は、本件通知による名義変更申請却下処分が無効であることの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

1  本件通知は、公営住宅である本件住宅につき、原告による入居者の地位承継(名義変更)を承認しないとの内容のものであるが、公営住宅法二七条六項に定める公営住宅の入居者の地位承継(名義変更)の承認・不承認は、行政事件訴訟法三条四項所定の無効等確認の訴えの対象となる処分に該当しないから、本件訴えは不適法である。

すなわち、公営住宅の使用関係に関する法的性質に関しては、入居者に対する当初の使用許可は行政処分に当たるが、その後の法律関係は基本的には私人間の賃貸借関係と同一であると理解されているところ、公営住宅法の規定も、平成八年法律第五五号による改正の際、右趣旨に沿った整理が行われ、右改正の際に新設された入居者の地位承継(名義変更)の承認については、承認の主体を「事業主体の長」ではなく「事業主体」であるとすることにより(同法二七条六項)、法文上も右承認が行政庁(事業主体の長)による行政処分には当たらないことが明らかにされた。そして、同法が、公営住宅の使用権が相続の対象とならないとの前提のもとに、二七条六項において、既に居住資格を有している同居者のうち政令等で定める要件を具備するものに対し、改めて事業主体の長による使用許可を受けることなく、入居者の地位を承継することを認めているのは、同項による承認を新たな行政処分と捉えるのではなく、基本的に私人間の契約関係と捉えつつ、住宅に困窮する低額所得者に対し低廉な家賃で住宅を賃貸することを目的とした公営住宅の性質に由来する一定の制限を課した上で、賃貸人である事業主体の承認により賃借人の地位を承継させることを認める趣旨に出たものというべきである。なお、入居名義人だけでなく、公営住宅の同居者が居住資格を有していることは、同項が「引き続き、当該公営住宅に居住することができる。」と定めていることからも明らかである。

右のとおり、公営住宅における入居者の地位承継の承認の制度は、本来居住資格のない者に特別に居住資格を認める趣旨の制度ではなく、したがって、公権力の行使としてそれ自体により一方的、強制的かつ直接的に国民の権利義務を変動させるものではないから、右承継の承認・不承認は処分性を有しないものというべきである。

2  仮に本件通知が無効等確認の訴えの対象となる処分に該当するとしても、原告は、本件通知の無効確認の訴えの原告適格を有していないから、本件訴えは不適法である。

無効等確認の訴えの原告適格については、「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者」(行政事件訴訟法三六条)と定められている。これを本件通知についてみると、本件通知に続く処分は存在しないし、また、後記四6のとおり、原告は本来入居者の地位承継の承認を申請する資格を有しておらず、仮に本件訴訟において本件処分の無効が確認されたとしても、そのことにより原、被告間に公営住宅の使用関係が生じるわけでもないから、原告が本件通知の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有しているということもできない。したがって、原告は、行政事件訴訟法三六条所定のいずれにも該当せず、本件訴えの原告適格を有していない。

三  本案前の主張に対する原告の反論

1  公営住宅の使用権については、その性質上相続が否定されている結果、入居者の死亡に伴い、原則として相続人も同居者も居住資格を失うことになる。本件で問題となっている名義変更の承認制度は、公営住宅の使用権の相続が否定されることの代替措置として、本来居住資格のない者に特別に居住資格を認める制度であり、名義変更申請に対する承認・不承認は、被告のいうような私人間の法律関係ではなく、むしろ、新たな権利を創設するものとして、国民の権利ないし法律上の地位に直接影響を及ぼす公権力の行使とみるべきである。その意味において、右承認・不承認は、行政処分性が肯定されている入居当初における公営住宅の使用許可に準じた行為と考えるのが相当であり、無効等確認の訴えの対象となる処分に該当する。

2  本件訴訟において原告の請求が認容されれば、原告は、名義変更の承認申請をしているがまだ右申請に対する処分を受けていないという地位を回復するわけであるから、行政事件訴訟法三六条にいう「法律上の利益」を有するというべきである。したがって、原告は本件訴えの原告適格を有している。

四  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実のうち、ハマが原告の母であること、本件住宅が公営住宅法に定める公営住宅であることは認め、その余は否認する。

昭和五三年二月一日に本件住宅の使用許可を得たのは、原告の父である柳生七郎(以下「七郎」という。)であり、ハマはその同居者であった。なお、ハマは、名義人であった七郎が平成六年三月一六日に死亡したことに伴い、同年七月一日付で入居者の地位承継(名義変更)の承認を受け、引き続き本件住宅に居住していた。

2  同2の事実のうち、原告が約一〇年前からハマと同居していたことは否認し、その余は知らない。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実のうち、新規則に一三条の二という規定が存在しないことは認め、その余は争う。

6  (被告の主張)

本件通知に記載された理由によれば、「名義変更は市営住宅の入居者が死亡し、又は当該住宅を退去した場合において、同居の親族が引き続き居住しようとするときに認められるところ、申請者である原告は名義人の死亡時における同居の親族でないから、右の要件を満たさない。」との趣旨であることが明らかである。右のとおり、いかなる理由に基づきいかなる処分が行われたかが明白である以上、本件通知に瑕疵はなく、仮に瑕疵があるとしても、その瑕疵は重大かつ明白なものとまではいえない。

なお、本件通知の理由中における根拠条文の表記については、新規則が平成九年四月一日から既に施行されていることを看過した担当者が誤って旧規則の条名を記載してしまったものであり、正しくは新規則の条名である「第一一条」と表記すべきものであった。しかし、右は単なる誤記であって、本件通知が現に存在しない規定に基づいてされたものではなく、また、処分の理由中に根拠条文や具体的な事実まで摘示することは必要でないというべきであるから、右根拠条文の誤記が本件通知の効力を左右することにもならない。

更に、公営住宅法が定める入居者の地位承継の承認を受けるためには、当該承認を受けようとする者が、入居者に対する当初の入居承認の際に事業主体から同居者として承認を得ていたか、又はその後申請により事業主体から同居の承認を受けたことを要するとされているところ(同法二七条五項、六項、同法施行規則(昭和二六年建設省令第一九号)一〇条、住宅条例一七条、一八条、新規則一〇条、一一条)、原告は、入居当初からの同居者ではなく、その後同居承認を受けた者にも当たらないから右要件を満たしていなかった上、事業主体が入居者の地位承継の承認をしてはならない場合として同法施行規則一一条一項一号及び新規則一一条二項一号が定める「承認を受けようとする者が入居者と同居していた期間が一年に満たない」場合にも該当していたから、そもそも入居者の地位承継の資格を有する者ではなかった。

以上のとおり、原告の名義変更申請を拒否した本件通知は、適法かつ有効である。

五  本件通知の効力に関する原告の反論

行政庁から処分を受けた者が当該処分の当否を判断するためには、その理由とされた根拠条文こそが唯一の手がかりとなるのであるから、被告が主張するように、処分理由中の根拠条文の引用に誤りがあっても、当該処分の適法性を左右しないということはできない。また、本件通知は、その文言の対比等からして、新規則ではなく、当時既に効力を失っていた旧規則を適用してされたものと考えられるから、重大かつ明白な瑕疵があるというべきである。

本件住宅につき、原告が入居者の地位承継の資格を有していないとの被告の主張は争う。なお、被告は、原告が右資格を有していないことを本件処分が適法であることの理由として主張しているが、原告が右資格を有するか否かについては、本件通知が無効であることが本件訴訟で確定し、原告が入居者の地位承継の承認申請者としての地位を回復した後、改めて被告において判断すべき事項であるから、被告の右主張はそれ自体において失当である。

理由

一1  ハマが原告の母であること、本件住宅が公営住宅法に定める公営住宅であることは当事者間に争いがなく、証拠(乙五、六、一一)によれば、原告の父である七郎は、昭和五三年二月一日に大阪市が設置・管理する本件住宅の使用許可を受け、その後同所に居住していたこと、七郎の妻であり原告の母であるハマは、右使用許可の際同居者として本件住宅に入居し、七郎とともに同所に居住していたこと、ハマは、七郎が平成六年三月一六日に死亡したことに伴い、同年七月一日付で入居者(名義人)の地位承継の承認を受け、その後も引き続き本件住宅に居住していたことがそれぞれ認められる。

2  請求原因3、4の各事実は、当事者間に争いがない。

二  被告は、本件通知は行政事件訴訟法三条四項所定の無効等確認の訴えの対象となる処分に該当せず、また、原告は本件通知の無効確認を求める訴えの原告適格を有しないから、いずれにしても本件訴えは不適法である旨主張する。

1  そこで、同居者に対する入居者の地位承継(名義変更)の承認を定める公営住宅法二七条六項(同法の委任を受けた住宅条例一八条も同旨)の趣旨につき検討する。

(一)  公営住宅の入居者は、入居資格として、現に同居し、又は同居しようとする親族があること(同法二三条一号)、及び、入居者の所得金額だけでなく、右の同居者の所得金額をも含めて算出された収入が所定の金額の範囲内であること(同条二号、同法施行令一条三号、六条三項)を必要とし、右資格有無を判定するため、入居の申込みの際には、同居予定の親族の氏名及び所得金額をも申告する必要がある。

(二)  入居者が入居の際に同居した親族以外の者を同居させようとするときは、新たにその旨の承認を得る必要があり(同法二七条五項)、右同居予定者の所得金額を含めて算出された収入が所定の金額を超えるときは、事業主体は原則として右承認をしてはならないものとされている(同法施行規則一〇条)。

(三)  入居者は、当該住宅に引き続き三年以上入居している場合において所定の金額を超える収入のあるときは、当該住宅を明け渡すように努めなければならず(同法二八条一項)、事業主体は、入居者が当該住宅に引き続き五年以上入居している場合において最近二年間引き続き所定の金額を超える高額の収入のあるときは、その者に対し期限を定めて当該住宅の明渡しを請求することができる(同法二九条一項)ところ、これらの基準となる金額の算出に当たっても、同居者の所得金額を考慮すべきものとされている(同法施行令八条一項、九条、一条三号)。

(四)  入居者は、死亡又は転出により同居者に異動が生じたときは、直ちにその旨を届け出なければならず(住宅条例一七条二項)、また、毎年度、同居者の所得金額を含めて算出された収入を申告すべきものとされている(同法一六条一項、三項、同法施行規則八条、住宅条例二三条)。

これらの諸点に照らすと、公営住宅の使用許可は、入居の申込みをした名義人だけでなく、入居当初からの同居者として当該住宅への居住を認められた親族、及び同法二七条五項による承認を得て当該住宅に同居するに至った者に対しても及ぶというべきであり、同法上、入居名義人だけでなく、右のような同居者も当該住宅の使用権を有するとともに、右使用権は、入居名義人が死亡し、又は退去した場合でも、そのことのみによって消滅するものではないと解するのが相当である。そして、同条六項の定める同居者に対する承認手続は、入居者が有していた公営住宅の使用権が相続の対象とならないこと(最高裁判所平成二年一〇月一八日判決・民集四四巻七号一〇二一頁参照)、及び当該同居者が公営住宅の使用権を有していることを前提とし、右使用権を有する同居者のみを対象として、単に当該住宅の入居者名義を変更するためにとられる手続にすぎないものとみることができる(その反面、右の名義変更が承認されなかった場合には、同居者はそれまで有していた当該住宅の使用権を失うという効果を生じることになる。)。右の承認手続を入居者名義の変更にすぎないと解することは、右の定めが「入居者の保管義務等」の見出しの付けられた二七条の中に設けられていることや、同条六項が「引き続き、当該公営住宅に居住することができる。」と定めていることにも附合するものである。

2  右に説示したところによれば、同項による承認手続は、事業主体と当該住宅につき使用許可を受けて使用権を有している同居者との間の法律関係に関わる事柄にすぎないのであるから、当該住宅につき使用権を有している同居者以外の者が事業主体に対し右承認を求める申請権を有しないことは明らかというべきである。

そして、行政事件訴訟法三条四項所定の無効等確認の訴えの対象となる処分は、個人の権利ないし法律上の利益に直接影響を及ぼす性質のものであることを要すると解すべきところ、当該住宅につき使用権を有している同居者以外の者に対して入居者の地位承継(名義変更)を承認しない旨の通知がされたとしても、右通知は、法令による申請権を有しない者に対してされたもので、その者の権利ないし法律上の利益の何ら影響を及ぼすものではないから、右訴えの対象となる処分に該当しないものと解するのが相当である。

3  ところで、証拠(乙五ないし八)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、入居当初からの同居者として本件住宅への居住を認められた親族には該当せず、また、公営住宅法二七条五項による承認を得て本件住宅に同居するに至った者でもないことが明らかであるから、本件住宅につき使用権を有している同居者には該当しないことになる。したがって、原告に対してされた本件通知による入居者の地位承継(名義変更)の不承認は、行政事件訴訟法三条四項所定の無効等確認の訴えの対象となる処分に該当しないものといわざるを得ない。

三  右によれば、本件訴えは、その余の点を判断するまでもなく不適法であるから、これを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三浦潤 裁判官石井寛明 裁判官徳地淳)

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